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家族からの愛が支えとなりWBC2次ラウンドMVPに 井端弘和

女性自身『中日・井端 眼病克服に「私の角膜移植を…」夫人の献身愛』より。

巨人への移籍が報じられている井端。
今年3月の第三回WBCでは、期待を上回る大活躍で2次ラウンドのMVPに輝いた。
さぞや浮き沈みの激しい1年間だっただろう。

以前の投稿でも触れたが、井端は眼に問題を抱えていた。
この記事は、妻・明子さんへのインタビュー記事ではあるが、その”眼”についての苦労にも触れられている。

井端が最初に目の不調を訴えたのは2009年の始めにグアムに自主トレに行ったときだった。2008年に視力矯正手術を受けているからその影響もあったのだろう。

電話で『目が腫れて痛いんだよね』と言うんです。帰ってきて、主治医に診てもらうと”ヘルペス”という診断でした。

診断は『上皮角膜ヘルペス』というウイルス性の目の炎症。打席ではボールがぼやけて見え、守備では飛んできた打球を感覚だけで取らなければならない状態だったという。

凄いことに、この年(2009年)は主に1番打者として全試合に出場し、4年ぶりに打率3割を達成している。しかし翌年2010年は、53試合しか出場できなかった。
2011年は戦列に復帰し104試合に出場するも、打率は過去最低の2割3分に落ちた。

家にいてもテレビも見られず、ただ痛みをこらえていたという感じで、いちばん辛かった時期です。そのシーズンに、主人は引退を考えました。朝4時頃まで話して、手を尽くして治療してきても回復の兆しがなくて、『いますぐやめたい。明日チームに報告して球団に言う』って。最後は『治る手はないか私が全部調べるから、それでもダメなら』と二人で納得したんです。

明子さんは目の専門医を調べ、評判の病院には自ら足を運んだ。メガネ屋さんで特注コンタクトの相談もした。
さらに、

私は視力がいいので、網膜とか角膜とかを主人に移植できないかと思って、病院の先生に『移植はできないんですか』と相談しました。主人は笑いながら聞いていましたが、私の目が150キロの球を打つのに役立てば……と思って。実際には『移植は無理です』と先生に言われてしまいましたが。

献身的な愛情を受け、眼の状態も快方に向かい、2012年のシーズン、ようやく症状が落ち着いた。

そして、WBC。

WBCでは明子さんは日本代表の試合をすべてスタンドで観戦していた。
さらに、元気づけようと、日に日に成長する子供の姿などを動画に撮って井端に送っていたという。

家族からの愛情が井端を救ったと言っても過言ではないだろう。
新しい環境でも、彼にしか出せない味を出して活躍してほしいものだ。

イチロー@日本経済新聞

努力すれば報われると本人が思っているとしたら残念だ。
それは自分以外の第三者が思うこと。
もっと言うなら本人が努力だと認識しているような努力ではなく、第三者が見ていると努力に見えるが本人にとっては全くそうではない、という状態になくてはならないのではないか。

拙い表現でも将来自分の言葉で伝えられたらなと思う。
しかし結局、言葉とは「何を言うか」ではなく「誰が言うか」に尽きる。
その「誰が」に値する生き方をしたい。

思い出したくない打席がある。第2回WBC決勝の十回2死2,3塁のシーン。
敬遠ならどんなに楽だろうと思った。そんなふうに思ったことは初めてだ。
この打席で結果を出せなければ、今までの僕は全て消される、と思った。
恐怖に震え上がっていた。

今後、どんな場面があろうとも、あの打席以上はないのでは、と想像している。
野球をやりながら「命を削る」という意味を初めて知った瞬間だった。

スコアラー福田功氏 分析のポイント

『Baseball Times 20091130号』より。

分析のポイント。

投手は、まず癖がないか。球種はただの持ち球だけではなく、握りから変化に至るまでの詳細。あとは主たる攻め方。クイックはできるのか。

打者も、コース別に強いところ、失投しても大丈夫なところなどの特徴。足は速いのか、盗塁はできるのか。これ以上は企業秘密。

アメリカやプエルトリコはパワー溢れる野球。柔らかさとパワーを兼ね備えているのが、キューバとドミニカとベネズエラ。特にドミニカは民族性なのか、関節が非常にやわらかくて体がしなやか。だから日本と同じように好投手が育つ環境にある。