RSS

タグ : 落合博満 8件あります

山田久志と落合博満のオールスターでの駆け引き

昔の雑誌を整理していたら、90年9月5日号のNumberに、山田久志氏のコラムが掲載されているのを発見。

今週末にオールスターを控えるが、この号のコラムでは山田と落合の、オールスターにまつわる2つの思い出を語っている。
続きを読む

清原和博の歩んできた「男道」:その他、全般編

清原和博の2009年の著作、「男道」。

最終回、第4回目の今回は、今までの3回には入らなかったエピソードの中から、心に留まった箇所を記していく。
続きを読む

68歳にしてプロの打撃投手を務める池田重喜氏

現代ビジネスの『68歳、職業「ロッテ打撃投手」裏方の生き様を語る 来る日も来る日も、ただ白球を投げ続けてきた』より。

1968(昭和43)年にドラフト4位で大洋に入団した池田重喜(いけだしげき)氏。
同じ年にプロ入りした選手は、元巨人の高田繁や元ロッテの村田兆治など。
68歳にしていまだに打撃投手を務めており、もちろん日本球界最年長である。
続きを読む

落合博満のキャンプ&オープン戦論

キャンプシーズンも終盤を迎えようとしているが、興味深い記事を見つけたのでメモ。

ベースボール・ジャーナリスト横尾弘一氏によるベースボールチャンネル上でのコラム『”打席でバットを振らなかった理由” 落合GM流オープン戦の考え【横尾弘一「野球のミカタ」】』より。
続きを読む

権藤博と森繁和が語る投手論

ちょっと昔(2013年)の記事だが、Number Webに掲載されていた『<プロフェッショナル対談> 権藤博×森繁和 「修羅場を制する投手論」』より。

まずは権藤さんによる仰木さん評。 続きを読む

落合博満のソープ伝説の真相やいかに

落合がソープ好きだったのは有名な話。

愛甲猛氏が、コラムニスト/プロインタビュアーである吉田豪氏との対談(2002年3月)で、以下のように語っている。
続きを読む

プレーイングマネージャーとなった谷繁元信へのインタビュー

NumberWeb上の、Nikonの双眼鏡のタイアップ記事広的なもので谷繁へのインタビューが掲載されていた。(「谷繁元信「流れを読む“観察眼”」」)

「うわーっ、プロ野球選手はでっかいなー!」
30年前、広島市民球場で生まれて初めてプロ野球選手を生で見た谷繁は驚嘆した。
「バックネット越しに見た原辰徳さんの体つきにびっくりしたんですよ。とくにふくらはぎの太さには驚いたなあ。いざ自分がプロに入って打席に迎えたときも、やっぱりぶっといなあと感じました。うちのGM(落合博満)を初めて見たときも、すごいふくらはぎだなって思いましたね。ふくらはぎの太いバッターはやっぱり飛ばします」

確かに、近くでプロ野球選手を見ると、その大きさもさることながら、何よりも、その”厚さ”に驚かされる。

ピッチャーが不調のときは、よかったときの映像を頭の中で呼び出して再生し、ずれているポイントを見つけてアドバイスする。相手打者に対しても、打席の入り方、力の入り具合、タイミングの取り方を観察し、狙いを見抜く。

何千回、何万回と映像を見て、それを自分の中に貯めることで、試合が見えるようになってくる。昔は頭が高速で動いてポンポン早いタイミングでサインを出せる期間というのが1カ月くらいしか続かなかったのが、いまは1年間を通してフラットにその状態を維持できるようになってきました

栗山も言っていたが、キャッチャーは経験を積めば積むほど能力が高まっていくということ。

僕は常にピッチャーが投げやすいように、審判が見やすいようにって心がけながら、一球一球集中してキャッチングしています。他のキャッチャーと比較して見てみてください。たとえば、ワンバウンドの止め方ひとつとっても、選手によって動きがぜんぜん違います。膝を落とすのが素早い人もいれば、上体だけで止めに行く人もいる。パッと判断してボールの軌道に入っていく上手さは、意識してないと気づきにくいポイントなので、ぜひ注目してほしいですね

谷繁が佐々木のフォークを捕るために猛練習した話は有名だが、今もそこは大事にしていることがわかる。

なお、蛇足ではあるが、Nikonの双眼鏡とこの記事との関連のなさ加減は凄まじい。

井端弘和のターニングポイント

エキサイトレビュー「頼りになる2番打者、井端弘和の強さの秘密」より。

2013年の開幕前の時点で、これまで出場した1611試合のうち、2番で出場した試合は1400試合を上まわるほどの、2番打者中の2番打者である井端。

井端を鍛え方次第で優れた2番打者になるかもしれないと目をかけたのが、当時の中日二軍監督だった仁村徹。自身も2番打者として職人技とも言える流し打ちを得意としていた仁村は、その右打ち、そして送りバントなど、自分の持っている2番打者としてのイロハを井端に伝えていったという。

その仁村との驚くエピソードがこれ。

井端がある試合でホームランを打ち、喜んでベンチに戻ったとき、ベンチ裏に井端を呼んで思いっきり殴ったのだ。

「必死になって身につけている2番打者としての技術をおざなりにするんじゃない。いま好き勝手にバットを振り回していたら、これまでやってきたことがすべて無駄になってしまうんだぞ。そのあげく、せいぜい控えの守備要員で終わってもいいのか」
仁村の拳にはそういう教えがこもっていたと井端は思ったという。

— ad —

逆に面白いのが、落合が2004年に監督に就任した時の話。
落合は井端に対し、「おれが右打ちしろというサインを出さない限り、右打ちはするな。チャンスのときは4番になったつもりでいけ」という指示を送ったという。

当時井端はキャリア7年目。既に実績を残していたからこそ右打ちの癖がなかなか抜けなかった。そして右方向へ打球を放つと、それがヒットであってもアウトであってもベンチに戻るたび、「なんであっちに打ったんだ?」と監督から問いつめられたという。

そして、ある試合で、井端はついにサードゴロで凡退する。
それに対し落合は、試合後記者達に対して

今日は井端のサードゴロが一番の収穫といえば、収穫だな。意味? ああ、君たちはわからなくて結構

とコメントしたのだ。

井端曰く

右打ちしなければならない条件のある場面では、そういう2番の仕事をしなければいけない。でも、それ以外の場面だったら、左へ引っ張ったほうがいいこともある。チャンスも膨らむし、点も入る。

あの打席ではセカンドゴロではなくサードゴロを打つことができた。

落合さんに教えられた打撃ができるようになっていたわけですね。こういうことを続けて行けば、自分もチームも、次の段階へ進んでいける

この記事は、スポーツライター赤坂英一氏の著作「2番打者論」のレビュー記事。この本が読みたい気持ちがうずかずにはいられない。