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野村ノート(5) 打者に共通する苦手ゾーン

野村ノート/野村克也著(小学館文庫) 』より。

多くの打者に共通する苦手ゾーン

1.外角低目へのストレート
2.低目への変化球
3.特殊球
4.内角への快速球やするどく小さい変化球

1.が原点。投手はブルペンでそこにきちんと投げられるように練習している。
先発バッテリーには、初回に何球か原点に投じ、その日の原点能力を計りピッチングを組み立てるよう言っている。

1-1から2-1に追い込むと、右対右もしくは左対左の場合、打者は無意識に内角と外角の変化球をマークする習性がある。この場合原点が死角となって見逃し三振することがよく見られる。

3.の代表例はフォークだが、佐々木や上原はその精度が抜群だった。

その打席の最初に投げる内角球は決してストライクゾーンに投げるなと言っている。打者の反応を見て、狙ってくるのかこないのかを見極めることが大事。

清原の現役時代を見ていて、投手と駆け引きしている様子がまったく伝わってこなかった。明らかに投手が清原を怖がり、まっすぐなんか絶対来ないシチュエーションでも、まっすぐを待って変化球の明らかなボール球に手を出して三振している光景をよく見かけた。

野村ノート(4) 打者のタイプ

野村ノート/野村克也著(小学館文庫) 』より。

すべての打者が共通してもっているテーマが3つある。

1.変化球への対応
2.内角への苦手意識の克服
3.特殊球への対応

1.については、緩急の組み合わせ及び、ゆっくりしたフォームからピュッとキレのいい球が来る投手や、山本昌のように一見豪速球投手のようなフォームなのに来る球は技工派という投手の場合、変化球がやっかいになる。

3.については、フォークの他にチェンジアップや、内角に食い込むシュート、そして150kmを超えるストレートも含めてもいい。

このテーマから生じる打者のタイプを4つに分類すると

A.直球に重点を置きながら変化球にも対応しようとする
B.内角か外角、打つコースを決める
C.右翼方向か左翼方向か、打つ方向を決める
D.球種にヤマを張る

A.で常に高い結果を残せるのは、イチローのほか、松井秀のような天才タイプのみ。
外国人選手は見逃し三振を恐れないので追い込まれるまではA.追い込まれるとD.というパターンが多い。

B.は強打者がとることが多い。また無死二塁や、無死一二塁などの進塁打が強いられる場面でもとられる。

C.はいわゆる騙し。引っ張ると見せかけて逆方向を狙う。元木が代表例、バッテリーは狙いを絞りづらい。阪神の桧山もケースによって使う。

いい打者であればあるほど、基本はAでも状況に応じてタイプを使い分ける。それをどう読み取り、ついていくかが捕手に求められる高等技術。
CとDは打席に入る前に決めていることが多いが、Bは無意識のことも多い。

キャッチャーとして一番嫌なタイプはDタイプ。
仮にヤマが外れて三振をとってもうれしいのはその一瞬だけで、すぐに不安にかられる。次の打席にも影響が残る。

野村ノート(3) フォークボール対策

野村ノート/野村克也著(小学館文庫) 』より。

フォークを打つには、あるいはボールゾーンに落ちるフォークに手を出すことなくバットを止めるにはどうすればいいか。多くの打者が、技術を磨けばなんとかなると思っている。しかし、技術だけでは限界がある。私自身プロ入りして7,8年たったころにそのことがわかった。

プロのレベルであるならば100%フォークが来るとわかっていれば、たいていは対応することができる。ところがほとんどの打者が内角への速い球に対して警戒心、あるいは苦手意識があり、追い込まれるとどうしても内角球をマークする度合いが強くなる。しかも日本人の多くの打者は見逃し三振をしたくないために、追い込まれるまでは変化球にヤマを張っていても、ツーストライクを取られるとA型(直球に重点を置きながら、変化球にも対応しようとするタイプ)に変わる。イチローのような天才的な打者を除いて、ほとんどの打者は、変化球をイメージしながら直球に対処することができないからだ。

それでも、フォークはマークしないと打つことが困難な特殊球。
対策としては以下が考えられる。

1.目を大きく開いてミートするまでしっかり見るという意識を徹底する
2.力をうんと抜いて備え、目線を高めのストライクゾーンに置く
3.内角速球のマーク度を軽くして、素直にピッチャー返しのバッティングを心がける
4.クセが出やすい球種なのでクセを探す
5.どうしても対応が困難な打者は配球を読む

なかでも、3.に関連して、日頃から内角に強い印象を与えておくと有利となる。バッティングにおいて、内角の苦手意識やマーク度が高くなると、大事な「壁」を崩す原因となる。結論として、打者は内角球を打ちこなせないとプロでは飯は食えない。

野村ノート(2) 盗塁

野村ノート/野村克也著(小学館文庫) 』より。

一三塁でのダブルスチール。セオリーは捕手の送球が投手の頭を越え、投手が捕らない or 送球が高いと判断したら三塁走者がスタートする。しかしこれでは二塁ベースカバーに入った二塁手、遊撃手から本塁に転送され、9割方アウトとなる。そこで、三塁走者に捕手の手からボールが離れた瞬間にスタートをきるギャンブルダブルスチールを指示した。この場合、捕手が二塁に投げるかどうかの読みが重要。

もう少し厳密に言えば、三塁走者は通常は三塁線の外でリードをとっているが、捕手が捕ったと同時にラインの内側に入る。外側にいると三塁手との位置関係で、捕手が横目で三塁走者を見たときにどれぐらいリードしているかがわかってしまう。内側に入っていると距離感がなくなる。

このケース、仮に間一髪でアウトになったとしても、相手の捕手にこのケースでヤクルトは仕掛けてくるという印象を与え、シーズン初めにこうしたプレーをやっておくと、その1年間は一三塁のケースで一塁走者の二盗が非常にやりやすくなった。

このような作戦の効力は相手チームだけに与えるものでなく、相手以上に味方選手に効果を発揮する。うちは他のチームより進んだ野球をやっているという思いを生じさせ、さらにデータをもとに具体的な攻略法を授けると、それならおれにもできそうだという気にさせることができる。選手の監督に対する尊敬と信頼が芽生え、他チームに対しては優越感や優位感のようなものが生じる。弱いチームには特にそういう優位感を持たせることが必要。

ヤクルト監督に就任当初は、盗塁の際、セットポジションから最初に動く個所(右投手の場合の左肩、左足または首など)を見つけたり、タイミングを計って走者はスタートをきっていた。しかしクイックがうまい投手だったり左投手には通じない。

そこでスコアラーに投手別に何球まで牽制球が続くのかデータをとって、それに応じて始動の前に走るよう指示していた。
ギャンブルではあるが、成功すると、相手バッテリーはあまりの好スタートに何か投手のクセでも盗まれているのではないかとパニックになることもあるぐらいの効果がある。

日本シリーズでの広沢の三塁スタートの遅れを反省して生まれたギャンブルスタートは、一死三塁、打者が8番土橋、すなわち次が投手という場面でよく使った。さらにこれをヒントに、どうも犠飛が打てそうもないと直感したら三塁走者と打者でヒットエンドランの奇策をあみ出すことになった。

野村ノート(1) 選手の教育

野村ノート/野村克也著(小学館文庫) 』より。

何もしなくて、あるいは選手をおだてて好き勝手にプレーさせておいて、何年も優勝争いができるチームは出来上がらない。

負けが続けばチーム内に不協和音が生じ、その矛先は監督に向けられる。意味不明な、判断基準がわからない采配や根拠のない選手起用に選手はやる気を失い、こうした不満がマスコミや外部に漏れ、また新聞・雑誌がおもしろおかしく囃し立てることで士気が下がり、チーム力は低下していく。

不確定要素の多いスポーツにあって、常に安定した成績を残すためには、やはり原理原則に基づいた実践指導が何よりも大切となる。だからこそ監督には選手の意識を変える、教育という大きな仕事が求められるのである。

心が変われば態度が変わる。
態度が変われば行動が変わる。
行動が変われば習慣が変わる。
習慣が変われば人格が変わる。
人格が変われば運命が変わる。
運命が変われば人生が変わる。

すなわち、心が人生を変える。

管理する者は、絶対に結果論で部下を叱ってはいけない。
もちろん根拠もなく勝負して負けてくるような選手は別。

野球というスポーツは4対6、時には3対7ぐらいの戦力差が生じても弱者は十分勝負になる。強い者が必ず勝つとはかぎらないのが野球である。要は考えて戦えば勝てるチャンスはある。

女房はドーベルマン(3) その他

女房はドーベルマン(野村克也著)』より

プロ野球といえども、まずは興業であり、人気商売。巨人ファンがいればアンチ巨人ファンもそれに匹敵する数がいる。私はアンチ巨人ファンが喜び刺激を感じることは何かを考え、巨人批判、長嶋批判を繰り返してきた。

さらに、巨人を挑発した理由がもう1つある。プロ野球とは「戦い」である。
野球を試合と思っているうちはまだアマチュア。
試し合いではなく、真剣勝負。この2つでは当事者の意識が違う。

攻撃において監督としてまず考えなければならないのは、得点圏に走者を置くこと。
塁に出るのは選手の仕事だが、セカンドにランナーを進められるかどうかは監督の采配が七割以上を占めている。

日本の今の応援スタイルは、選手に感動を与えにくい。1つ1つのプレーに観客の生の反応がかえってきていない。選手の観客への反応もしかり。

試合時間の短縮、プレーのスピードアップを目的にバッターボックスを外すな、サイン交換を速くしろと言われるが、ピッチャーの制球力が下がっているのが一番の原因。

キャッチャーは完全主義者でもある。人間のやることだから完璧などありはしないと思ったらおしまいだ。常に完璧なゴールを想定し、試合後そこにどこまで近づけたか反省する。
最初は完全試合を狙い、次にノーヒットノーラン、完封。いつもそう考えていた。

断言するが、野球というスポーツの奥深さも楽しさもキャッチャーというポジションに集約されている。どんなポジションにつくにしろ、野球を志す人は、一度はキャッチャーを経験したほうがいい。

私は、技術力、あるいはパワーやスピードだけでは、野球は絶対に勝てないという考え方に立っている。技術以外の無形の力、たとえば観察力、洞察力、分析力である。

野球について考えるとは、とりもなおさず人間について考えることだと言っていい。人間について考えるとは、人間の心理や行動について考えることである。

変化球を投げる理由。
1つはストレートのスピード不足を補うため(ストレートが速ければ変化球がなくとも打ち取れる)。1つはコントロールミスで打たれる可能性を低くするため(変化球を待っていればど真ん中にストレートがいっても打ち損じる確率が上がる。また、変化球を意識させるだけで効果がある)。

進行中のゲームについて話す解説と、結果がわかったあとに責任を負って書く評論は大きく違う。

阪神監督時代

男として童貞かどうかは、案外大きな意味をもつ。井川にも童貞を捨てるよう直言した。

サッチーには、ヤクルト時代のような覇気がなくなったとはっぱをかけられていた。

東京地検特捜部の家宅捜索の際には自分のノートも持っていかれた。

阪神は、野村の今後のことを考え、解任ではなく辞任とした。

マスコミとの付き合いがいかに難しいかを実感した阪神での三年間。

星野監督は気配りができ、処世術にもたけている。

女房はドーベルマン(2) 3人の天才+新庄

引き続き、『女房はドーベルマン(野村克也著)』より

今回は、野村が野球生活で出会った三人の天才について。

 
一人は南海時代の同僚でもある広瀬叔功。
もう一人は、イチロー。

イチローは走攻守すべてに後光がさすほど輝いていた。イチローの才能は野球のあらゆる面で突出していた。しかも長嶋のようにファンに魅せるプレーを常に心がけている。バッターのタイプとしても長嶋に似ている。イチローの打席には駆け引きや、勝負のあやがない。ピッチャーが投げたボールに対して、感覚だけで打っていると思える。
配球を読まなくても体が反応して打てるのだ。典型的な天才である。だから試合後の談話に面白味がない。

今となってはTV等で野球論を語ることも少なくないイチローだが、その内容に「面白み」があるかといえば確かに違うかもしれない。凡人からすると、彼の異次元さを感じるしかないからだ。

1995年のヤクルト対オリックスの日本シリーズ。
2年連続首位打者だったイチローを何とか抑えようと知恵を絞っていたヤクルト陣。

日本シリーズでオリックスと対戦する前、スコアラーは、イチローに弱点はない、攻略法は見つからない、打たれるものと思ってくださいと言った。徹夜でビデオをみても、どのコースもどの球種も対応できることが分かった。
 
そこで変に小細工せず、インコースをどんどん攻めることを公表することにした。テレビやスポーツ新聞を通じて、自分と古田、投手全員がイチローの弱点はインコース高めと広言した。専門的に言うと、打者に内角意識をもたせることは、打撃面において自軍にとって有利なのだ。プライドの高いイチローは内角高めを打とうとすると読み、内角高めには投げるもののボール球しか投げず、そうするとイチローはボール球に手を出し凡打した。
 
しかしこれが通用したのは2戦目までだった。

なお、このシリーズのイチローの成績は以下のとおり。

第1戦 4打数1安打1三振
第2戦 3打数0安打1三振1四球
第3戦 3打数1安打1打点1三振1四球
第4戦 6打数1安打1三振
第5戦 3打数2安打1打点1四球1本塁打

最終戦でマルチ安打、本塁打も打ったもの、トータル19打数5安打(.263)に終わっている。

 
残された、最後の天才の一人は、長嶋茂雄。
長嶋もイチローと同じように、体が反応して打てるタイプだと言う。

長嶋にはささやき戦術がまったく効かなかった。
ささやきかけても、まったく関係のない言葉が返って来る。
王はちゃんと答えてくれ、会話になる。
しかし、直後に精神統一をはかって集中力をピークにもっていける。

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天才3人からはやや外れるが、新庄剛志について。

新庄はイチローと違って弱点が多い。

とくに日本では選球眼の悪さが致命的だった
頭の上のボールもワンバウンドも振る。
しかも日本のピッチャーはカウントが不利になっても、まともなストライクを投げない。

しかし、メジャーのピッチャーは不利なカウントになると間違いなくストライクを投げてくる。
配球がシンプルで読みやすい。新庄が苦手とするフォークを得意とするピッチャーもいない。
もともとも足と肩の強さ、守備のうまさはメジャー級。
彼が活躍することはある程度予想がついた。

新庄は基本的に、考えて野球をするタイプではない。
負けん気は人一倍強く、目立ちたがり屋。
そんな新庄を理論や理屈で納得させようとしてもダメ。聞く耳はあっても理解力がない

言われたい放題である。

なお、新庄にピッチャーをやらせた理由は2つあると。

1つは下半身の重要さを自覚してほしかった。
もう1つはピッチャーの立場に立って打者を考えてほしかった。

新庄に、野村の意図は果たして伝わったのだろうか。

女房はドーベルマン(1) 野村の選手(兼任監督含)時代

女房はドーベルマン(野村克也著)』より

ひどいタイトルではあるが、、縁あって読むことに。
タイトルのとおり、サッチーにまつわる話が中心。
出版は2002年だが、タイトルと装丁はまるで80年代。

テストを受ける球団を考える際、全球団のメンバーを手にして、2-3年後に自分が1軍にあがれそうな球団を探した。20代バリバリの正捕手がいるチームは消して、残った候補は
広島と南海。そして、都会であり、二軍の選手を育てるのが上手いという定評があった南海にターゲットを絞った。南海では最初はカベ、すなわちブルペン捕手だった。

蔭山監督が就任間もなく亡くなった。表向きには死因は副腎皮質機能不全、いわゆるぽっくり病と発表されたが、真相は自殺であった。

彼の就任をめぐり、球団内部で抗争の嵐が吹き荒れ、嫉妬や追従、工作や裏切りなど凄まじい人間模様に神経をすり減らし、監督に就任したころにはすっかり精神的にまいっていた。死ぬ間際一週間以上食事らしい食事はとっておらず睡眠薬を常用。もともと酒を飲まない人だったのに大量の飲酒。覚悟の死であったと野村は解釈している。

野村に南海監督就任のオファーが来た頃、高校出の監督は川上と中西しかいなかった。その意味ではプロ野球も学歴社会だった。

南海での兼任監督を務めた八年間、チームは人間関係のトラブルが絶えなかった。自分より年輩の選手が協力してくれることもなかった。

サッチーとは遠征時の宿の近く、原宿の行き着けの中華料理店で、店のママが紹介してくれたのがきっかけで出会う。当時、まだ籍が入っていた前妻との関係は冷え切っていた。しばらくして目黒に家を買い、遠征時はそこで2人で過ごした。不倫関係ではあったが、隠さず川勝オーナーに報告すると、男はヘソから下に人格はないから、女性問題は問わない。野球で結果を出してくれればいいと。ダンやケニーもベンチに入ったりグラウンドに出たりしたこともあったが、時代が良かったからか、記者が書き立てることもなかった。

サッチーと住んでいた豊中のマンションに泥棒が入り、それがマスコミに取り上げられ、それからサッチーバッシング、野村バッシングが始まった。

南海で兼任監督を解任されて、日々つけていたノートや、ミット、バット、ユニフォームも全て燃やした。

解任されて1ヶ月後にロッテから声がかかる。金田に会ってみると彼の狙いは江夏だった。しかし江夏はいい返事をしなかった。一流のピッチャー同士でうまくいくはずはないと江夏が考えたのではないか。

そこで、南海時代にコーチも務め勝手知ったる仲だった広島の監督の古葉に声をかけて江夏を推し、トレードが決まった。

南海時代の収入は、選手としてプラス監督としての収入があり、合計すると70年代にして1億円を超えていた。しかしロッテ入団時は1200万円。

ロッテ時代はコーチの役目がなくなるから選手に何も教えないでくれと金田に言われていた。コーチも一度も野村に何か聞きに来ることはなかった。重光オーナーから監督就任を打診されたが、恩のある金田への想いから固辞。つづいて、こちらも川勝オーナーから堤オーナーへの推薦があり西武へ。こちらも年棒は1200万円。