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豊田泰光氏のコラムが週刊ベースボールに続き日経でも終わってしまった

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週刊ベースボールでは20年以上、日経でも15年以上コラムを連載していた。
複数メディアにこれだけ長い間にわたって連載しているということは、読者からの反応はもちろん、編集部との関係も良好だったのだろう。

ここ数年、氏のコラムには毎週目を通していた。
ご本人も自覚しているようだが、懐古的な内容や、年寄りの説教的な内容も多く、しばしば鬱陶しく感じることもあった。しかし、長い間読み続けていると、その「豊田節」とも言える論調に慣れてくる自分もいて、また、時に、確かに豊田さんが言う事にも一理ある、と思わせてくれる回も確かにあった。

例えば、

そんなの好き嫌いの問題じゃないかといわれればそれまでなのですが、オレはビールかけの酔狂だけは見たくないなあ

と。これには強く同感。
テレビでその映像を目にするたびに、そこはかとない違和感を感じていたことを、豊田さんの一言で思い出した。
なお、時代の違いもあるかもしれないが、西鉄時代、ビールかけは一度も行われなかったとのこと。

杉浦は日本一になったとき、ひとりになって泣きたいという名セリフを吐いた。オレはほんとうにうれしいときはそういうものだと思う

これは人それぞれだとは思うが。。。(笑
少なくとも、南海の大エースだった杉浦忠氏のキャラクターがわかる。

また、氏は、鳴り物での画一的な応援も好んではいなかった。
何よりもプレーをしっかり見てほしかったのだ。

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教育、指導と称して人を殴る行為は、日本ではかなり大目に見られているが、いったん日本を離れたら、この鉄拳に対する寛容というのが、いかにとんでもないアブノーマルなものであるかがよくわかる

野球だけに限らず、部活動の指導などでの鉄拳制裁にも反対していた。
これは、彼の世代の人にとっては珍しい、進歩的な考え方だと思われる。
西鉄には、殴る文化は一切なかったと言う。代わりに口は悪かったがと。

話のレベルがだいぶ変わるが、味方の攻撃中、ベンチ前でキャッチボールする投手を無駄だとも批判していた。
これはどうなのだろう。
本人がしたいならすればいいが、皆がやっているわけではないとは思うが。。

と、まあ同調できる内容もあれば、反論したくなる内容もある。
少なくともそれだけのネタを振りまいてくれたことに感謝である。

継続は力なりである。
お疲れ様でしたと心から言いたい。

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