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下柳剛が語る島野育夫氏と田中将大

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今年の1月からスポニチアネックスで連載されている下柳によるコラムが、味わいがあってなかなか良い。

例えば、2/10の「本邦初公開 下柳氏が楽天入団時に背番号「91」選んだ理由」。

下柳は最後に所属していた楽天で背番号として91を選んだ。
それは阪神時代に世話になった島野育夫氏にちなんでということだ。

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島野さんという人は親父であり、上司であり、時には兄貴のような人やった。あるときは仲間でもあったし。オレが阪神に移籍した2003年は、本当に島野さんに助けられたよ。

簡単に言えば、島野さんは星野監督と選手の架け橋やった。チーム状況が悪かったりすると、島野さんが星野監督に叱られる。

「これも給料の一部やからな」

ニコニコしながら島野さんは言うんやけど、選手の立場からすれば、本当に申し訳なくなってしまう。「オレらがちゃんとせなアカン」。特にベテランだったオレたちはそんな思いにさせられたし、何より選手ロッカーによく顔を出してくれた。だから、星野監督だけでなく、選手からも本当に信頼されとったよね。

下柳が彼をいかに慕っていたかがよく伝わってくる。

ちなみに、山崎武司もその著書の中で島野氏がいかに素晴らしい指導者だったかについて述べていたし、矢野燿大もインタビュー記事の中で、「レギュラーなんか放っておけばいいから」って、試合に出てない選手や裏方の人にずっと声を掛けていたと、語っている。

ともすると、昭和57年の審判への暴行事件の印象が強かったりするが、選手時代から研究熱心さでは有名で、江夏がからんだ阪神-南海間のトレードでも要員として阪神に指名されたり、星野仙一から長年にわたり右腕として評価されていたり(島野(修)で失った夢を、島野(育夫)に助けられたと星野が言っていたというのは有名な話)、別の機会にじっくりと情報をまとめてみたい興味深いお方である。

 
続けて、目下話題の中心であるマー君について。

一番印象に残っとるのは、野球に対する取り組み方やろうね。体の手入れに対する意識も高いんやけど、キャッチボールをとにかく丁寧にやっとった。オレの22年間のプロ野球人生でも、誰よりも丁寧やったように思う。

具体的には、30~40メートルの距離を入念にやっていたね。フォームチェックだけでなく、球筋を見極めていたんやろう。それぐらいの距離が球の伸び、へたりを確認するには一番適しとる。納得いかない時には、たとえゲーム前であっても妥協することなくずっと投げていた。

以前、工藤公康もキャッチボールの大切さについてTVで語っていたが、プロでもトップレベルの選手は基本を大事にしている。

グラウンドを離れてからも、真面目やったね。試合が終わってから飲みに行くようなこともなかったし、投手の食事会があってもダラダラと長居して飲んだくれることもない。「自分にとって何が一番大切なことなのか」というものを理解し、そのまま行動にうつしとった。結婚するタイミングとかも、良かったんやろうね。

だからといって、チームで浮いたりすることも一切ない。中途半端じゃなく筋を通すし、人間的にもいいヤツやから、みんなが認めとったわな。

もちろん、お茶目な一面もあるんやで。チームメートによう、プロレスの技をかけとった。

この辺りのバランス感覚はさすが。

下柳の人となりも伝わってくるこのコラム。
これからも注目していきたい。

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