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長嶋一茂と映画「ナチュラル」

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ノンフィクション作家である沢木耕太郎氏の作品に『彼らの流儀』というエッセイ(1991年に刊行)がある。

その中の「ナチュラル」という章は、はっきりとは書いてはいないが、立教大学の四年生時の長嶋一茂が主人公である。

ある夜、母親のもとに大学四年生の息子が帰ってきた。大学は東京にあり、家も田園調布にあるのだが、野球部に入っている息子は、合宿所に寝泊まりしていて、たまにしか帰ってこない。
帰ってくると、息子は母親に言った。
「これを一緒に見ない?」

一茂が手にしていたのはレンタルしてきた野球映画『ナチュラル』のビデオだった。

合宿所に寝泊まりしている息子が帰ってくるのも珍しければ、借りてきたビデオを一緒に見ようなどというのも例のないことだった。… 母親は息子とビデオを見ながら、この子はいったいどうしてこんな映画を一緒に見ようなどと言い出したのだろう、と考えていた。

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そして、映画のクライマックス。
主人公は九回の裏、二死一塁三塁の場面で打席に立ち、ホームランを放つ。

すると、それまで黙っていた息子がぽつりとつぶやいた。
「これだよね」
母親には息子の言葉がよくわからなかった。… が、あえてその意味を訊ねようとはしなかった。

卒業を間近に控えた息子が、プロ入りを正式に表明したのはそれからしばらくしてのことだった。その選択は母親には思いがけないことだった。プロの道に進むということは、… 父親と、常に比較されるということでもあった。息子はそれを避けて異なる道に進むつもりだろうと思っていたのだ。

80年代後半の当時、長嶋一茂が進路をどうしようと考えていたのかまったく知らなかったが、プロに行くという選択肢が、母親にとって思いがけないことだということに驚いた。現在の彼から受ける能天気な印象だと、父親のことなど気にせず、プロ入りする図太さがあるように感じていた。

「ナチュラル」を母親と見て、プロへ進むことを決意するというのは、どこかほのぼのとしていて、やはり彼らしさを感じるが。

当たり前だが、彼にも葛藤があったんだなと思い至り、この本を読んで彼のことが少し好きになった。

ちなみに、親子がビデオを観ている間、父親である長嶋茂雄は何をしていたかというと

まだ宵の口だったが、… もう寝ていた。彼は、現役の頃から、用がなければ八時でも九時でもさっさと寝てしまう人物だった。

さすがミスター。

 
<<追記>>
雑誌『昭和40年男』の2014年4月号の特集「俺たち野球で大きくなった。」の中で、ヤクルトのスカウト片岡宏雄氏は、もっとも印象に残っている選手の一人として長嶋一茂の名前を挙げている。

普通選手一人を口説き落とすのに何十枚と名刺を周囲に配るものだが、その必要もなく、契約金の話もほとんどしていない。本人も金額なんかほとんど見ずにサインしていた。

こういうところは、一茂っぽくて良い!

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