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長嶋さんの松本匡史への教え

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今日の日経朝刊、篠山正幸氏のコラムにて第一次長嶋巨人の時の、監督のユニークな指導法について触れられていた。
指導法自体はさほど驚く内容ではなかったが、記事内に 青い稲妻 の愛称で80年代に人気を博した松本匡史氏のエピソードが載っていたので、一気に興味が増した。

 
そもそも、松本は早大から社会人野球(日本生命)に進むはずだったが、スピード野球を目指す長嶋が松本を説き伏せ、入団にいたった経緯がある。

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長嶋から言われたのは、俊足を生かすためにとにかく転がせということ。

ライナーを打つと長嶋さんはいい顔をしない。あくまでゴロ

具体的には、ホームベースに打球をたたきつけるよう命じられたと。

 
松本以外の主力に対しても、頭より高く上げたボールをバットでひっぱたく練習をさせたというが、松本曰く、大根切りの極端なやつで、こういったデフォルメ式の練習は物事を身体で覚えるには有効だったと。

ダウンスイングにしても、よほど意識しないとレベルスイングになってしまう。ホームにたたきつけるくらいの気持ちで振ってちょうどよかった

1979年の秋に行なわれた”地獄の伊東キャンプ”では、俊足を生かすためにそれまでの右打ちから、スイッチヒッターになるよう長嶋に命じられる。
毎日10時間以上バットを握り、右で1000回、左で1000回振る事でスイッチヒッターとしての基礎を作っていったという。

松本のバッティングのフォームといえば、バットを短く握り、ボールをたたきつけている絵が自然と浮かぶ。
いまだにセ・リーグの盗塁記録も、1983年に松本が記録した76個がやぶられていないが、それもこれも、ルーツが長嶋にも少なからずあったのだと思うと感慨深い。

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