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山本昌が打たれないのは球界の迷信のため?!

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本日の日経朝刊の権藤さんのコラムは、昨日最終登板を終えたばかりということもあって、山本昌の話題。

今回はいつものような権藤さんならではの洞察や意見は含まれておらず、やや物足りない。

 
ただしその中で、山本昌のストレートの球速が基本的に130km台という周知の事実に加えて、40歳を過ぎてから急速が増し、43歳のときに東京ドームで記録した143kmが人生最速ということが載っていた。これは知らなかった。

また併せて、山本昌が打たれないのは球界の迷信によるところが大きいという広沢克(広澤克実)の話が紹介されていた。

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調べてみると、2012/4/22の日経電子版に『46歳・山本昌を勝たせる打者の「迷信」』という広沢のコラムが確かに掲載されている。

それによると、オープン戦や日本シリーズ等で山本昌を打っている秋山幸二曰く

スクリューを打たなくちゃと思うと、逃げる球を追いかけてますます相手の術中にはまる。スクリューを打つという考えをハナから捨てて、内角球を待って、引っ張りにかかったら打てる

 
また、広沢の当時の同僚で、同じく山本昌を得意としていた土橋勝征の言葉。

内角の球に絞って、引っ張ればいいんです。待っていると結構甘い球も来ますよ

二人に共通するのは、「内角」を「引っ張る」ということ。

ちなみに、後年、山本昌本人も「一番嫌な打者」として土橋の名前をあげていたそう。そもそも土橋は左キラーとして有名で、最初は左キラーとして左投手のときだけ起用されていた。

 
広沢も土橋の話を聞き、

スクリューを追いかけていたうちは140キロ超の球のように思われた山本昌の内角直球が、135キロという額面通りの球に見えた

と語っているが、対戦成績の変化等についてはコラム内では触れられていないので、おそらくさほど結果に変化はなかったのだろう。

 
なお、広沢が2007年に阪神の一軍打撃コーチになった際、「引っ張る手もある」とアドバイスしたところ、それまで苦手としていた山本昌を阪神打線が打てるようになり、前年の2006年にチーム打率1割8分7厘、1勝4敗(山本昌の防御率2.52)だった対戦成績は、打率3割1分5厘、1勝1敗(防御率4.64)になり、さらに翌年の2008年は打率3割7分1厘の2勝1敗(防御率7.24)になっている。

このあたりをしっかりアピールするあたり、広沢さんらしく微笑ましい。

山本昌自身の成績が2007年は2勝10敗と落ち込んでいたので、この年だけでは影響の有無は図りにくいが、2008年は11勝7敗と復調しているので、広沢のアドバイスの影響も少なからずあったのだろう。

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