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90年代ルーキー秘話

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Number 774号 ルーキー秘話。~プロ野球大型新人伝説~(2011年3月10日発売) 』より。

まずは、仰木監督の野茂英雄へのコメント。

アイツは入団してくるなり、フォームはいじってほしくないと言ったり、都市対抗用の調整に体が慣れているので、調子が上がるのは6月ぐらいまで待ってほしいと言ったり、大した新人だった

 
続いて、イチロー。

「センター返しなら、目をつぶっても出来る」と豪語したイチローも、ドラフト1位の田口の体に「到底かなわない」と感じた時から変わった。

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メジャーリーグ経験者が続くが、城島健司。

捕手は広い視野をもつために、さまざまな趣味をもつべきと考えていた球団専務・根本は、釣り・麻雀・将棋と多趣味な城島に惚れ込んでいた。入団後、城島は早くも平気で裏方のスタッフたちと卓を囲み、「勝負事から人間性を学べ」という”城島理論”の原型が形作られた。

城島のもともとの性格もあるのだろうが、彼が言葉もままならないなかでMLBで正捕手として活躍できたことに、根本の影響が少なからずあったことは想像に難くない。

 
最後は、学生時代から、日本学生代表として、同じトレーナーの指導を受けるほど仲の良かった高橋由伸と川上憲伸。初対決はルーキーイヤーの1998年4月16日、東京ドームにて。

星野監督に「由伸から三振を取ったら賞金だ」と檄を飛ばされてマウンドに上がった川上は、渾身のストレートで高橋を見逃し三振に打ち取った。「振っていればまだしも、見逃したことで憲伸の方がずっと有利に立った」と高橋。

ちなみに初対戦のこの試合、川上は自身の初安打を三澤から左中間二塁打という形で記録している。
98年は22打数1安打と高橋は川上の投球に完全に抑え込まれている。

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