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斎藤佑樹(2) プロに入って

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Number 774号 ルーキー秘話。~プロ野球大型新人伝説~(2011年3月10日発売) 』より。

2010年秋のドラフトで、4球団競合の末、日本ハムに1位で入団した斎藤佑樹。
同年12月9日には日本ハムの本拠地・札幌ドームにおいて、2003年の新庄剛志以来7年ぶりの単独の入団会見が行われるなど、注目度合いは著しく高かった。

大学時代もずっと注目され続けてきたという経緯もあってだろう、彼はどんなに注目されても浮かれることはない。
少なくとも、浮かれている様を人に見せることはない。

甲子園で勝ったこと、神宮で日本一になったことは、今の自分の支えにはなってはいるが、今の自分を励ましてくれるものではない。今はもう、とにかく上しか見てない。

彼はどちらかというと、技術よりも考え方、自分の律し方という面で、プロフェッショナルだなと思わされる。

打たれたシーンはあまり覚えてない。抑えたシーンのほうを覚えている。たとえばホームランを打たれて負けたとしても、あの一発で負けたというふうには考えない。むしろ、あの一発がなければ勝てたと考える。別に、そう思おうとしているわけではなく、ホントに思っている。

こういうものを目指しているという具体的なイメージを持って、周りのことをすごく考える。自分のことももちろん、自分が結果を残したらどうなるのかという周りの反応を考えて、ならばどういうふうに結果を残していくか。そういうシナリオをいろいろと考えている。

自分はプロに来た。ここは日本のプロフェッショナル。そこで通用するとか、しないって決められるのは自分だけだと思っている。

アドバイスをもらっても、この人がそう思ってるなら、その意見に合わせればいいって思う。でも、実は合わせてない。最後はやっぱり揺らがない。
別にフォームが良くないから勝てないわけでもないし、フォームがメチャクチャであっても、勝てばそのフォームは通用したことになる。だから、フォームについては、いろんな声が耳に入ってきても、そういう声に対して、そうかもしれないというふうには全然、思わない。今はこれでいいかなと思っている。いずれ、もっと良くしなくちゃいけないところや、直すべき点は何ヵ所かはあると思うが、徐々に何年かかけてやっていければいいなと思っている。

2011年のオープン戦の時期、試合後にスポーツ番組「S☆1」の企画で斎藤と対談した野村克也は、斎藤の低めへのコントロールの秀逸さを褒め、「よい配球をすれば毎年10勝以上できるよ」と評価した。また野村は斎藤の礼儀正しさと精神力に感心し「大人しいようで、きちんというべきところでは自己主張している。骨があるピッチャーだ」と言っている。

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権藤さんも、日経電子版にて、沖縄の名護キャンプで斎藤佑樹に初めて会った時のことを思い返し、

プロ野球選手の顔っていうのはどこかにくすんだ部分とか、ギトっと脂ぎったものがあるんだ。それまでの苦労とか、いっちょうやってやるぞっていう野心とか、そういうものがにじみ出るんだろうな。それが普通の野球選手。ところがさ、斎藤にはないんだよ、ギラついたものが。おれも長年プロ野球で飯食ってるけど、あんなきれいな顔は見たことないな

と、まず語っている。

やつは俺たちには計り知れない男だってことだよ。評論家連中は通用しないと言ってるが、この試合だけは落とせんというレギュラーシーズンの『ここ一番』とか、クライマックス・シリーズの要所で活躍する男だと俺は思う

斎藤佑樹のこういった資質については、後に日ハムの監督となる栗山英樹も同じように捉えており、2012年のシーズンは彼を開幕投手に抜擢した。

権藤さんは続ける。

取り立てて人をうならす球を持っているわけではない彼がなぜ、無類の勝負強さを発揮し、プロという舞台にまで上ることができたのか。ひょっとすると彼は、その場その場の状況やレベルに対応する並外れた適応能力を持っているのかもしれない。私はそう考えた。彼にはおよそ、持ち味というものがない。どの球も並みよりちょっと上という程度の平均的な投手だ。しかし、その持ち味のないことこそが、彼の武器なのではないか。

技術面や投球そのものについてはまったく褒めていないのに、これだけ熱く語らさせる存在。

折れそうで折れない斎藤。その力の源はコンプレックスではないかと思う。球界の貴公子然とした斎藤が持つコンプレックス。劣等感という言い方がそぐわないとすれば、反エリート意識とでも言おうか。斎藤こそ球界のエリートではないか、と人は言うだろう。官僚でいえば「キャリア組」、実業界でいえば「老舗の御曹司」。どう転んでも出世間違いなし。そんなイメージで斎藤は捉えられていると思う。そういう目でみていると、斎藤という男を見誤る。高校時代に頂点を極めた斎藤だが、プロのスカウトには「ここが彼のピーク」という見方があって、高校卒業時点の評価は田中の方が上だった。

夏の甲子園で日本一になり「ハンカチ王子」として国民的スターとなった斎藤だが、野球人としては常に世間の期待を超えねばならないプレッシャーと戦い続けてきた男。
それを”反エリート”のコンプレックスに突き動かされてきたと捉えるのは、確かにその面もあるのかもと思わされる。

 
最後に、Numberの記事に戻って。

最近、カッコいいなと思うのは、カッコつけてないカッコよさ。高校生ぐらいまでは、物静かでクールな人のことをカッコいいと思っていた。でも今は、明るくて、誰にでも気を遣えるような、そんな人がカッコいいなと思う。

クールに見られるのは心地いい。それが便利なときがある。

ここだけは、なんだか普通の若者だと、ホッとさせられた。

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