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山本昌が説く「先発投手が勝つためのレシピ」

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テレビの野球解説を聞いていてもわかるが、山本昌の話は面白い

あんなに長くの現役生活を送ってきたのだから、いろいろ考えてやってきたに違いないが、そのやってきたことをきちんと言葉にできる、数少ない方だろう。

日経にもコラムの連載が開始され、それを読むのが楽しみになりつつある。
以下は、本日の日経朝刊の山本昌氏のコラム「先発勝ち投手の『レシピ』」より。

 
まずは、投手の疲労度について。

誤解されがちだが、投手の疲労度は投球数では決まらない。ピンチの数で決まる。だからピンチをどう抑えるかより、いかにつくらないかが大切だ。7回なら最大3度まで。私は「相手打線の流れ」を意識していた。

メジャー仕込みの情報で、球数制限のことばかり言われるから、ついそこを意識してしまうが、実際は違うと。打線を見て、力を入れるところと、力を(少し)抜くところを作るのは、一定レベル以上の投手は皆そうだろうが。

 
ピンチにつながる「無駄な四球」にも防ぎ方があると。それはシンプルで……

初球でストライクを取ることだ。初球のストライクだけで大半の四球は消せる。

ま、そりゃそうだ。

 
そして、興味深いのが、一般的に「投球のテンポが良いと援護点が入りやすくなる」といわれるが、これは実感したことがないということ。

ポンポンと投げるタイプの工藤公康さんは何度も防御率のタイトルを取りながら、最多勝には縁がなかった。テンポの良い投球は相手投手にも好影響を与えて投手戦を生みやすいから、援護点が増えるとは限らない。

実は、以前権藤さんも同じことを言っていた。もはや、これが定説になりつつあるのではなかろうか。

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日経の記事で気に留まったのは以上だが、せっかくなので、他の山本昌さんのネタを。

 
まずは、氏の著作である『山本昌という生き方』より。

若い選手に関する記述がある。

僕は『最近の若者は……』という言葉が好きではない。単純に、今の若者のほうが優れていると思うのだ。最近の若い選手たちの野球技術レベルは格段に上がっている …… 今の若い選手にも弱点がないわけではない。効率のよい練習方法しか知らないため、無駄がないのだ。効率的な練習は絶対に必要だ。しかし、効率だけを追い求めると落とし穴にはまることもある。無駄なことにも利用法はあるのだ

若い選手に対しても謙虚に接しつつ、その足りない点もよく見ている。こういう姿勢こそを、現役選手に学んでほしい。

 
続いて、週刊ポストの2015年10月30日号より。
山本昌にとって、もっとも印象深いプレーとは……

1988年、中日と西武が戦った日本シリーズ。1勝1敗で迎えた第3戦に先発。

6回に無死一塁の場面があったんです。そこで西武の平野(謙)さんのバントを僕がファンブルしてしまった。これが決勝点に結びついて負けてしまい、この試合から3連敗。あのエラーがなければ中日が日本一になっていたと思います。200勝達成時よりもノーヒットノーランの時よりも鮮明に残ってる。27年も前なのに忘れられません

この気持ちがあるから、長く現役生活を送れたんだな、きっと。

 
『昭和40年男』という雑誌の2014年4月号「俺たち野球で大きくなった。」より。

彼の生命線となった、スクリューボールについて。

変化球はボールを投げる時に、力を逃せば逃すほどよく曲がる。ガニ股だとヒザが開いて、自然と力が外に逃げる。自分のスクリューが人よりよく落ちるなと気づいた時、それはガニ股のせいだとわかった。それを理解して、スクリューに磨きをかけていった

 
そして、最後にこれを。

上の雑誌で、記者が山本昌にもっとも手強かった相手を尋ねると
一瞬迷った後に、清原の名前を挙げたという。

彼には本当にいい場面で打たれたなという記憶が残っています。彼からどうやって三振を取るかを考えることで、投手として進化できた部分が大きい。彼のおかげで右バッターに対するインコースの速球に意識して磨きをかけることができましたね。あとは左バッターで言えば広島の前田智徳や阪神の金本知憲かな。彼らにはインコースに鋭いシュートを投げないと抑えられないとわかって必死になりましたよ。

 
大投手山本昌に、もっとも手強かったと言われる存在だった清原和博。
ただただ、ただただ、悲しい。

 
<<追記>>
2016.2.11の日経朝刊の篠山正幸氏のコラムにも、山本昌に関連する記述があった。
山本昌が4年目を終えた1987年、大物新人の立浪和義が入団。当時の年棒は立浪の半分でクビは目前だったという。しかし、その翌シーズン、スクリューで開花。

その年の契約更改で、立浪選手の給料に並びました。それまでの夢は「1軍に上がりたい」でしたが、それからは「もっと勝ちたい」に変わった。だから僕は6年目から本当のプロ野球選手になりました

 
<<さらに追記>>
2016.5.24の日経朝刊の山本昌本人のコラムから。

加速しながら落ちて決まったカーブに、若かった私は打席でぶったまげた。次の1球も途中まではよく似た軌道。バットを出すと、今度は顔の前を過ぎるストレートだった。私に「球のキレ」とはどういうものかを教えてくれたのは阪神のマット・キーオ投手だ。

こんなところで、懐かしいキーオの名前が出てきたので嬉しくなってしまった。キーオが特別球のキレが鋭い投手だった印象はないが、セ・リーグのトップ5には入る力は確実に持っていたから、山本昌がそう感じても不思議はない。

逆に、今活躍している選手の中にも、山本昌にキレとは何かを打席で教えられた選手がいるんだろうな、間違いなく。

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